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大人になってから年賀状は何年も書いていませんでした。しかし、子供が産まれた為まだお披露目できていない友人や親戚に向け年賀状を送る事にしました。まずは自力でとパソコンに入っていたソフトを使用して作成してみる事にしました。カメラの写真データを取り込んでデザインもなかなか可愛く出来上がりました。試しに印刷してみるとかなり画像が粗くせっかくの写真が残念な年賀状になってしまいました。そこで年賀状の印刷を頼んでみる事にしました。とはいっても注文する事が始めてなので検索して調べる事から始めました。パソコンで検索してみると有名な会社やまったく聞いた事のない会社までものすごい情報量で戸惑ってしまいました。

注文方法もさまざまで正直疲れてしまいました。一旦休憩と思ってスマートフォンで検索してみるとアプリで手軽に注文が出来ると発見しました。早速アプリストアで検索し口コミを読みあさってみたものの初めての事の為安全パイ、フジカラーのアプリをダウンロードしてみました。年賀状に載せる写真とハガキのデザインを決め、あっという間に完成しました。

テンプレートのデザインも種類が多く、なかなか素敵な年賀状になりました。あとは枚数を決め、そのままアプリ上でクレジットカードで支払いや注文も完了するという事です。何と簡単なんだとパソコンで検索する前にスマートフォンで検索すれば良かったと若干悔しい気持ちになりました。さて注文する枚数ですが枚数によって1枚辺りの料金が違う様で枚数を多く頼むとその分1枚辺りの単価は安くなるとの事。しかし我が家は親しい方のみへ送付する予定の為残念ながら対象にはならず。加えて早めに注文すると早割的な割引があった様ですが思い立ったのが遅かった為この割引も対象にならず。

何でも早の行動て大切なんだなと改めて勉強になりました。表書きは手書きする事にしていたので裏面だけお願いする事にし注文完了しました。フジカラーで注文したので届くまで品質は特に心配せず楽しみのみで待っていました。実際に届いたハガキはやっぱりプロの仕事なので自分で印刷したハガキと比べ物にならない程綺麗な仕上がりでハガキもなんだか少し厚みがあり、しっかりした年賀状になりました。表書きは一人一人心を込めて手書きし何とかクリスマス頃にはポストに投函する事が出来ました。

年賀状を出すなら安い年賀状公式サイトが非常に便利です。

子供が産まれたきっかけで年賀状を送る事にしましたが、年賀状で久しぶりに連絡を取った親戚や友人から暖かいお言葉や年賀状を送ってもらえ素敵なコミュニケーションツールなんだなと改めて認識する事ができました。
もうすぐ9月です。

そろそろデザイナーさんに年賀状の打診をしなくてはいけません。
まだ早いかな?でもドタバタはしたくないし。
デザインの剪定も社長含めてミーティングもしなければならないし、いろいろめんどくさいですね。

まだいいかな、まだ大丈夫、そう言い聞かせて去年もほんとギリギリだったし…年賀状。

と、自分の友人に送る年賀状もサボリ気味。年々送る枚数減ってきてます….。
自分のおめでたいことなんてなにもないけれど、友人のおめでたいお話の年賀状は欲しい。正にわがまま全開なのですが。
 致し方ない。….そんな私は毎年某ショップへ出向き、かわいい年賀状探しの旅に出るのです。プリンター?家ではそんなに使いませんのでもう何年前のかわからない状態なので放置です。使いません・場所とりますし独身です・・・。

家庭持ちならなんとなくプリンターは必要かななんていろいろ感じてしまうけど、…仕事は会社で済ませるのでオウチでのプリンターは必要なしです…プリンターには恨みは何もないけど!プリンタごめんね!

でも友達は年賀状の為にプリンタはいらないかななんていってましたね。今コンビニでもプリントアウトできるし、インク代高いし、なんてだな、持ってない、持ってないから….から返事悪気はないんです。

ぶつくさ言いつつも、なんだかんだもらえばうれしいし、昔はああだったなーなんて回顧する年賀状。ほったらかしにすると友人から来なくなる年賀状。
ハガキの値上げに気づかされる年賀状、ハッピーニューイヤーですね。

今年は確かにおめでたい報告が何件もあったので、楽しみにしているけれども、私のハッピーな報告はいつになることやらです。
歳をとるたびおろそかになっていく年賀状…..早く身を固めるべきか。
いや、相手あるべきのもの….寄り切りはいけないドスコイ。
見合ってなんてこともないけど張り倒しもできませんし、行司も必要ですしね。
身を固めたら確実にオプションがついてくるのでその圧に耐えられるかどうかで避けてますよね、ドスコイ…っと。

この時期にじわじわと年賀状、そして自分の身固めどうする?なんて現実を考えてしまいますね。年賀状ありきではないんだけど、考えるきっかけになったりもしてます。

ハッピーニューイヤーの挨拶状で、こんなにもセンチになるものでしょうか。

来年は何枚来るのかな?(まずそこから)
久しぶりの人にも出してみるかなぁ…..いや、逆に心配するかもしれませんねドスコイ。

年賀状が少ないとクレーム!お客さんが怒ったその理由とは?

年賀状と言えば、郵便局でのアルバイトを思い出します。

元日の朝早くから葉書の束をドカドカとポストに投函、みるみる配達かごやカバンが軽くなっていく快感を味わっていると、私を呼び止める方がいました。

「ちょっと、郵便屋さん!」

何だろう、とバイクをUターン。お客さんの元へ戻り、

「明けましておめでとうございます。どうされましたか?」

と訊くと、その方は渋い顔で言いました。

「少ないんだけど」

?一瞬、何の事か解りませんでしたが、目の前に葉書の束を突き出されると、ようやく理解出来ました。

とは言え、届いていた年賀状は、それが全部です。

相手が出してもいない年賀状を届けようもないし、困ってしまいました。

「それが局にあった全てなんですけど……どうすればいいですか?」

するとお客さんは、憮然として「無いなら仕方ない。もう行っていいよ」

との事で、「すみませんでした」と一言、その場を後にしましたが、あまり納得はされていないようで、スッキリしないものを感じながら、残りの年賀状を届けました。

そして局に戻ると、嫌な予感は当たっていました。

「おい、年賀状が少ないってクレームが来ているぞ」

やっぱり納得していなかったようで、何だかんだで上司と二人で菓子折を持って謝りに行きましたが、昔の郵便局はどうしてああも腰が低かったのでしょうか。

まあ、それはさておき。

その翌日(1月2日)は休みで、3日からと言うもの、そのお客さんの家には上司が年賀状の配達に行き「これくらい(≒で満足)ですか?」と訊く日々が始まりました。

3日も4日も「まだまだ、もっと来るはず」との事でしたが、5日6日と続けていると「もう……少しかな」と、ややトーンダウン。

そしてついに7日になって、ようやく「もういいよ、ありがとう」と降参?したようですが、何だか寂しそうだった、との事でした。

上司から聞いた話では、そのお客さんは今まで会社の重役で、何百何千という年賀状を毎年もらっていたそうですが、去年定年退職したらしく、今年になって年賀状が激減したことにショックを受けていたらしいです。

現役時代は会社や役職の威光でチヤホヤされても、辞めてしまえばただのおじさん。

平素からその人徳を慕われていでもしなければ、そりゃ年賀状なんて来なくなるのも道理です。

こういうところに、仕事でしかつながっていない人間関係の希薄さを痛感させられました。

どうかあのお客さんが、これからの人生で実りのある、豊かな人間関係を構築されていく事を心から願ってやみません。

学生の頃は手書きの年賀状を作り、年明けに年賀状の話題で盛り上がっていた

子供の頃年賀状を書くのがとても好きでした。

年賀状を送るために友達に住所を聞いて回り、住所帳を作り、ポストに入れる1か月前くらいからせっせと年賀状を書いていました。

しかもすべて手書きで書いていました。

当時の私はなぜか手書きにこだわっており、裏面が真っ白な年賀状にその年の干支の絵を描き、ひとりひとりその人へだけのメッセージを書き、ボールペンや太字のペンに持ち替えて丁寧に宛名を書いていました。

色ペンやら色鉛筆を駆使し、スタンプもシールも使わずに対してうまくもない干支のイラストを一生懸命描きつけていました。

絵を描くことが好きだった私は何の苦も無く、むしろ楽しくこの作業をこなしていました。

学校が始まって各々年賀状の感想を言い合うこともすごく楽しかったのを覚えています。そしてこの頃の年賀状にはもうひとつ楽しみがありました。

それは好きな子に年賀状を出すことでした。

好きな子に住所を聞いたりして話をするタイミングが増えるのも嬉しかったですし、何よりその子から年賀状が届くのが嬉しくて楽しみで仕方ありませんでした。

ある年の年賀状、好きな子から届いた年賀状にシールが貼ってありました。

おみくじ風のシールでコインで銀色の部分をこすって占いをするという内容のシールでした。

そのシールをコインでこすってみるとそこには“恋愛運絶好調”と書かれていました。

好きな子からの年賀状に“恋愛運絶好調”と書かれていることがなぜかとても嬉しくて何度も何度も年賀状を見返してはにこにこしていました。

そうして年賀状が好きな私は小学校から高校を卒業するまで律義に年賀状を書いてはポストに投函していました。

そして大人になった現在どうしているかというと、年賀状を書かなくなりました。

仕事が忙しくプライベートにすら時間と気持ちの余裕がなくなり、友達がくれた年賀状を返すことも怠り、独身時代には年賀状を1枚も書きませんでした。

結婚してからは親戚付き合いなどもあり最低限の関わりのある方には年賀状を出していますが、郵便局やスーパーでイラスト入りの年賀状を買い、そこに一言挨拶を書いて出すというだけの手軽な方法を選んでいます。

パソコンのプリンタで自作していたこともありましたが1~2回作って面倒になりそれもやめてしまいました。

年末が近づき郵便局が年賀はがきの宣伝をし始めるといつも年賀状を一生懸命書いて好きな子から届く年賀状に胸をときめかせたことを思い出して少し寂しくなります。

年賀状を出すのは今ではややわずらわしい作業ですが唯一ほんの数人の遠方に住んでいる友達からの年賀状は今でもとても楽しみです。

みんなの近況が知れる年賀状を眺めながら年賀状の良さを少しづつ思い出しています。

年賀状のお年玉くじに大きな夢を貰った、そんな僕の小学校時代の昔話

僕が小学生の時代には今みたいにLINEやTwitterなどのシステムは開発されておらずネットなどを経由して新年の挨拶を送る方法なんていうのはせいぜいEメールぐらいだったと思う。

僕も例外ではなく家族と1つの机に集まって知人や友達、学校の先生に年賀状を書いたものだ。

もちろん年賀状を書いて友人たちと互いに送り合い、年賀状に書かれたメッセージや独特なイラストに楽しむのも正月ならではの楽しみでは合ったが僕は少々現金な性格で合ったので違うところにワクワクを覚えていたのである。

それは年賀くじである。

今の時代の子供たちには馴染みが薄いが僕が子供の頃は新聞などに記載された年賀くじの当選番号を調べては楽しむという一種の小学生が合法で行える宝くじ的な楽しさが合ったのだろう。

幸いにも僕の父母はバブル時代に全国を旅行していた猛者であり友人間も隣県だけに止まらず北海道や沖縄にまで知り合いが広がっていた。

当然それだけの人脈があるため我が家のポストは年始が来るたびに悲鳴を上げていたと思う。

束になってゴムで留められた年賀状はポストの中に溢れ僕はそこに記載された番号を1枚1枚ワクワクしながら新聞の当選番号と照らし合わせていたのである。

事件が起こったのは僕が小学校4年生の時、多量の年賀状の一枚の番号が当選番号と異様に一致していることに気がついた。

調べてみると何と2等、僕の地元ではテレビ等が貰えるクラスの大当たりである。

小学校1年生から興味本位で年賀くじを調べていたがはっきり言ってここまでの大当たりは初めてだった。

当時の僕にはよほど大きな衝撃だったのだろう。

自分の知人や友人・しまいには小学校の担任にまで自慢し回った記憶は今でも鮮明に残っている。交換の場に行ったとき母は素直に米と交換していたことには驚いたが今思えばテレビや家電などを貰うより米などに交換する方が我が家としては利益になったのだと思う。

そんなわけで宝くじ等を幼い頃から全くと言っていいほど信じていなかった夢のない僕はこの一件で非常に大きな夢を年賀状という何気ない一枚から貰うことになった。

今でこそ成人になったが夢のない性格は再発しているのか宝くじやパチンコに行こうとは全くと言っていいほど思わない。

機会としては株や宝くじでも初めて子供の頃のように大当たりを一度でも出すことによって大きな夢をいただきたいものだ。

私利私欲にまみれた記事になっている。ああ残念。

年賀状が来る、ということで相手が元気でいるんだな、と思えるのがいい

年賀状は出すのが大変です。

私も年末で仕事も忙しい中、何とか大晦日に投函するというぎりぎりの状態ですが、何とか毎年出しているという状態です。

最近は「裏は郵便局やお店で印刷を頼み、あて名はパソコンで印刷」というパターンが多いようです。

私は「あて名は手書き」ということにこだわってきました。

あて名を書くときに昨年の年賀状を見て、相手の近況に思いをはせることができるからです。

しかし年齢のせいか、あて名書きもここ数年はかなり辛くなり、次回の年賀状からはパソコン印刷をするつもりです。

裏面の「一言」もなかなか面倒ですが、自分がいただいた年賀状を見る時には、やはり近況などが一言あると嬉しいし印象に残ります。

ネットやメールが一般的になって久しい現代ですが、やはり活字にはある種のクールさを感じるもので、手書きの味には特別なものがあります。

私は毎年、年賀状印刷会社でアルバイトをしています。

やはり年賀状はご年配の方のほうが枚数も多く、きちんと出されているようです。

文字が震えていて原稿を読み取るのに苦労することもあり、あて名書きの労力は大変なことでしょう。

自分もきちんと頑張らなくてはと思ってしまいます。

最近は「今年で年始のご挨拶は最後にさせていただきます」といった文言を印刷されるかたも多く見られます。

私の両親はとても早くから準備をしてきちんと時間をかけ、12月に入ると早々に投函しているようです。

本当に、年賀状はお金も労力もかかる大変な作業です。

年賀状は出さずにメールで済ませるというという友人も多くいます。

しかし、疎遠になっている友人や知り合いはお互いの近況など報告する機会もなく、年始に一斉に挨拶のメールを送信するとも考えられません。

たまに相手のことを思い出しても、特に用がなければ「元気かな、どうしているかな」と思うだけです。

そうなると、昔は仲のよかった友人も、疎遠になるといつの間にか安否不明にさえなってしまいます。

安否確認と言えば、昔お世話になった目上の方々への年賀状は欠かせません。

自分の年齢が上がるにつれ、目上の方々もご高齢になっていますので、年賀状が届くとほっとします。

大変失礼な表現ですが、年賀状を出す気力体力があるならお元気なのだと思えるからです。

年賀状は正直、大変面倒なものです。

しかし近況を報告し元気でいることを伝える、年に一回の機会です。

日本特有の、素敵な文化だと思います。

どんなにネットやメールが主流の世の中になっても、年賀状の文化は残っていくといいですね。

手書き年賀状を出そう!と張り切ったのは良かったけど思わぬ大失敗が!

年々、年賀状を出す枚数は減ってはいますが、必ず毎年、心を込めて年賀状を書いています。

でも、さほどポリシーはなく、写真を入れてオーダー制作する年もあれば、既成のはがきを購入する時もあったりです。

自分の中で、何かイベントがあったときは、それをモチーフに作成してオーダー注文します。

やはり、受け取る方も、気持ちがこもっている方が読むでしょう。

それに、オリジナルでオーダー作成すれば、お金と時間をかけている、ということで、質が高いと感じるでしょう。

なんのアピールかわからないけど…。

でも、年賀状をきちんと書いている人は、礼儀や教養、余裕がある人、と私だったら思います。

自分がそのように思われているかはわかりませんが…。

すくなくとも、どんなはがきで書く年でも、必ず手書きのコメントは入れるようにしています。

相手の顔を想像しながら、短くても、それぞれに向けて、言葉を贈ること、それは大事だと思っています。

ある年、それは未年の年賀状。

私は動物の中で、ひつじが大好きなのです。

かわいいですよね。

なので、その年は、自分でひつじをイラストで書こうと決めました。

そういえば、ずいぶん昔ですが、自分のひつじ好きが高じて、イラストで得意なひつじがあったので、それをモチーフにオーダーで年賀状を作った時もあったっけ。

でも、それよりもずいぶん贈る枚数が少なくなったし、私の得意なひつじのイラストは簡単な一筆書きのようなイラストなので、一枚一枚手描きで描くことにしたのです。

まず、すべての白いはがきに、得意なイラストのひつじを描きました。

次に、ポイントになる新年あけましておめでとうという文字を、それぞれ、相手を想像しながら描いていきました。

日本語であけましておめでとうございます、と描いたり、Bonne Anneeや、Happy New Year!など。

相手の雰囲気に合うように、選んで描くわけです。

だんだん描いていると、バックが少し寂しいかな、と思ってきました。

なので、薄めの文字ですが、ひつじのイラストのバックの白い部分に、さまざまな色でローマ字を入れてうめると、とっても可愛いと思いついたのです。

斜めに、ローマ字で繰り返し文字をいれていくと、イラストのひつじもとても映えてきます。

…HITSUGI HITSUGI HITSUGI HITSUGI…

こんな感じで、結局、すべてのはがきのひつじのイラストのバックにローマ字をカラーで入れていきました。

けっこうポップでキュートですが、ひつじのイラストは和風テイストなので、とてもおしゃれ…。

一人ずつにコメントの言葉も入れて…。

ようやく、2日間くらいかけて完成し、ポストに入れに行こうとしたのです。

すると、ふと、なんだか、気づいたのです。

HITSUGI…。

これではひつじじゃなくて、「ひつぎ」ではないか!!!

ジャイアンツのG、とか思いましたが、HITSUJIが正しいスペルでは?

ポストに入れる直前で気づいて、本当によかったです。

もしかしたら、だれも気づかないかもしれませんが、めでたい年賀状にひつぎではちょっと縁起が悪すぎです。

急いで、すべて新しいはがきで、ひつじイラストだけにして書き直したのですが。

本当につかれました。

でも、本当にセーフ、という感じのひやっとする年賀状の失敗談、思い出です。

疎遠になっている相手から届く年賀メールにちょっとした嬉しさを感じる

私の場合、子供の頃の年賀状と言えば「プリントゴッコ」でした。

年末になると母親が押入れからプリントゴッコを出すのを見ると、年の瀬の言いようの無いワクワク感が押し寄せるのでした。

私のプリントゴッコの楽しみは何と言っても、あの原稿を写し取る時に使う「ビカッ!!」と光る電球です。

あれがやりたくてセッセと年賀状の下書きを書いて「ビカッ!!」とやっていました。

自分の分だけでは飽き足らず家族の分も「ビカッ!!」。電球は使い捨てなので結構責任重大です。

普段嗅ぐ事の無いインクの匂いも好きでした。

床に新聞紙を敷いて印刷をし終わった年賀状を並べていくと、あー、今年ももう終わりなんだなと、子供心にもしみじみ思いました。

小学校の時は学校の友達、先生、親戚にも思いつく限り送っていたので結構な数の年賀状を書いていたはずです。

正月の朝、雪の積もる家のポストに年賀状を取りに行って仕分け作業をするのも楽しみでした。

中学校の時にちょっと好きな子がいたんですが、冬休み前に「年賀状送るから住所教えてくれる?」と聞いたら「別にいいけど??どうせプリントゴッコでしょー??」って。

なんか、急にプリントゴッコが恥ずかしくなった思春期の中学生。

その頃から私は年賀状をあまり出さなくなりなりました。

年賀状を書かなくなると当然自分にも年賀状が来なくなり、高校生位の時には祖母くらいからしか年賀状は来なくなりました。

ある年の正月には家族の年賀状の束の中に混じって自分宛の年賀状が一枚だけ。

よく見るとメガネ屋からでした。

「明けましておめでとうございます。メガネの調子はいかがですか?いつでもお気軽にお越しください。」ちょっと寂しい思い出です。

やがて私は大人になって、連絡の手段はメールやlineで行うようになり、ハガキで人に文章を送る事は殆どなくなってしまいました。

メールで「あけおめ、ことよろ」。

点を抜かせばたった八文字なんですが、疎遠になった友達とも久しぶりにちょこっと連絡が取れて嬉しくなります。

普段私はハガキは使わないのですが、郵便局員の友人が年賀ハガキの販売ノルマがあるので、父親が使う分のハガキを少し頼んで応援したりしています。

「前に比べて年賀ハガキが全然売れなくなったよ」郵便局員の友人は嘆いていました。

本当にすみません、売り上げの低下に貢献している友人がここに一人。

最近はハガキで年賀状を書くのもたまにはいいかな、と思うようになりました。

あぶり出しの年賀状はすごい思いつきだった!が、そこには大きな障害があった

私が子供の頃のことなので、数十年前の話になりますが、「あぶり出し」というものが流行っていました。

いや、正直周りで流行っていたかは、ちょっと定かではないですが、少なくともマイブームではありました(当時はマイブームなんて表現はありませんが)。

何かの液体を使い文字(若しくは絵)を書きます。液体は乾くと透明になり、見た目は何も書いてない様に見えます。

しかし、それに熱を加えると(温めると)文字が浮かび上がってくる、といった仕組みです。

原理などは今でも解りませんが、当時はその不思議さに好奇心を刺激されました。

と言っても、あぶり出しに使う液体が入手困難では駄目。特に子供の場合、身の回りでなければ調達できません。

私があぶり出し使った物は、「みかん」でした。

現在のみかんは、早いものは9月くらいから出回るらしいですが、当時の私の家庭で食べ始めるのは12月に入ってからでした。

12月と言えば師走、師走と言えば年賀状です。

当時の私にとって年賀状を書くのは年に一回の一大イベント。

年賀状は、はっきり言って定型文です。通常文章を長々と書くものではありません。

それだけに、字に装飾を施したり、立体的に書いたり、干支にちなんだ絵を描いたり子供なりの工夫が凝らされていました。

そこで、私は「キラーン」と思い付いた訳です、「あぶり出しで年賀状を書いたら面白いかも?」と。

原料であるみかんは、すぐそばにあります。

あぶり出すための熱源は石油ストーブ、何よりも、なんだかカッコいい!

今流で言うなら差別化でしょうか、自分のアイデアに酔いしれ、多少(いや、かなり)大袈裟ですが、自分は天才なんじゃないかと、そう思える程。

早速実行に移し、文面は覚えていませんが、何枚かは完成させたはずです。

ところで年賀状は出す人全員同じ書面ではなく、親しい友達なら凝ったものを、単なるクラスメートは簡単な文面。

当然あぶり出しは全員にする訳ではなく、親しい友達の数人でしたが、ふと、あぶり出し年賀状の致命的な欠点に気づきました。

あぶり出しは熱を加えるまでは白紙の状態です(実際には何か滲んでるのは分かる)。

つまり、なにも知らない相手は、それを白紙の年賀状と判断するはずです。

じゃあ、予めあぶり出しであることを教えれば、と思いましたが、私的には「それだと意外性がなくなる」と、意味不明な感覚でした。

しかし、「偶然、年賀状をストーブにかざし文面が浮かび上がる」なんてことが起こらないのは子供の自分にも分かります。

結局、あぶり出し年賀状は御破算。すべて普通の年賀状となりました。

子供の頃の苦い、いや、みかんだけに酸っぱい思い出で。

自分も苦い思いをしたから分かる!幸せな家族写真メインの年賀状のこと

ここからご記入ください。最近年賀状といえば元職場や現職場の方々が中心でした。

職場の同僚や、わずかながら年賀状のやりとりをしている友人・知人はどんどん結婚して苗字が変わっていったり、家族の名前が全員印刷されていたり、子どもの名前が数年ごとに増えていったりと、毎年なんらかの変化があり、幸せそうな家族写真の年賀状が届く度に、複雑な気持ちになっていました。

というのも私は独身でずっと同じ苗字のまま。

仕事も転職が多く、なかなか安定しなかった為一人暮らしもできずにいい年して実家に居座っていました。

いくら家族だからといって年賀状に両親の名前を一緒に印刷するのも恥ずかしいし、いつも差出人の名前が私ひとりぽっちなことに寂しさと悔しさとが混ざった複雑な気持ちになっていました。

そんなわけで年賀状の季節は毎年憂鬱でもありました。

デザイナーという職業柄、年賀状を楽しく自由につくることを楽しんでもいいのですが、そこまで技術に自信があるわけでもなく毎年テンプレートをダウンロードしてちょこっといじる程度の無難な年賀状を投函していました。

 

そんな私でしたが、ようやく結婚することになり念願の夫との連名の年賀状を出せることになりました。

結婚してはじめての年賀状といえば「結婚しました」と大きな文字でかかれた、結婚式の前撮り写真が定番だと思いますが、それまでその年賀状に苦しめられてきたので、夫と相談して自分たちらしいフリー素材メインの年賀状をだすことにきめました。

もちろん文章は定型のものではなく自分たちで結婚の報告と感謝の気持ち、新年のご挨拶を盛り込んだものにしました。

その次の年は結婚式をしたので、結婚式に来てくれた方には感謝の気持ちをこめて式当日の写真を小さく載せ、出席へのお礼の文章を添えた年賀状をつくり、独身の友人や式を欠席された方には、フリー素材をつかった年賀状を送りました。

当たり前ですが、年賀状とは昨年お世話になった感謝の気持ちと、今年度もよろしくお願いしますという気持ち、なかなかお会いできない方には近況報告などをするための手段やご挨拶だと思います。

家族写真も一つの手段だと思いますが、送る方によってデザインを変更するのも相手への礼儀のような気がしています。その気持ちは主人とも一致しているので、我が家の年賀状は自分たちがメインの写真などは使わないことにしています。

まだ子どもがいないのでこれは想像でしかありませんが、子どもが生まれ家族が増えても家族写真をでかでかとのせるようなことや、子どもメインの親ばかな年賀状を送ることはないと思います。

新年の挨拶は送る相手に合わせて送る方がいい。年賀状を続けていく理由

私は元来筆まめな方なので、少女のころから年賀状は好きで書いていました。

今のようにパソコンがない時代なので、住所の名簿を毎年引っ張り出しては全て手書きしていました。毎年この時期になると疲れる時もありましたが、楽しかったので苦になりませんでした。

やがてパソコンを使うようになり、年賀状ソフトで作るようになりました。

パソコン作業も好きだったので、苦にはなりませんでした。

むしろパソコンならではの、豊富なデザインからイラストを選んで作ってゆく作業が好きでした。

それと同時期に、お年賀の挨拶をメールで送る機会も増えました。

1回、知人全員への新年のご挨拶をメールで送った年がありました。

そうしたら、返信をくれた知人は圧倒的に少なかったんです。

この時は内心焦りました。

不快な思いをさせてしまったのか、呆れさせてしまったのか…。

時代の流れか、世間ではだんだん個人情報に敏感に風潮が強くなっていきます。

そのせいかどうか分かりませんが、近年知り合った人の中には、メールアドレスと携帯電話の番号しか知らない人がものすごく多くなりました。

この時期から、少しずつ楽になりました。

メールとハガキの年賀状を使い分けて新年のご挨拶を送ることが可能になったからです。

そして、ここ何年かで気づいたのですが、年配の方ほどハガキでの年賀状を下さいます。

とてもきれいで高級感のあるハガキに、新年の楽しそうな予定を書いて送って下さいます。

だから、年配の方ほどハガキという形を大切にされるのかもしれないと思うようになりました。

それ以来そういう方には、私からもきちんと年賀ハガキを送るようになりました。

きっと、新年の挨拶をどんな形でやり取りしたいのか、その人なりの形があるのだと思います。

それを自分なりに察して対応していると、楽な気持ちで楽しく準備ができるようになりました。

メールであれハガキであれ、伝えたい思いは同じです。

それは時代の流れがどう変化しようが変わらないんですよね。

メールも、心からの言葉を綴って送信ボタンを押す習慣がついてから、元旦の日が楽しめるようになりました。

人によっては、元旦当日に送ったメールの返信が当日中に届くこともあり、それはワクワクする瞬間でもあります。

ハガキでも「お年賀状ありがとう」と書いてあると、嬉しい気持ちになります。

これからも、相手の心にきちんと届く新年のご挨拶作りを心掛けていきたいと思っています。

お互い、いつでも笑顔で会えるようなメッセージを交換できたら最高ですね。

年賀状にこだわりのある高齢の祖父。次の年賀状は手伝いたいけど…

毎年、とっても律義に年賀状を書いていた祖父。

高齢なので、パソコンの使い方が覚えられないのもあって、それ以上に手書きが大好きな祖父なので、大量の住所もメッセージも、一枚一枚手書きでしっかり出していました。

でも、ここ2年ほど、間に合わなくなってしまうことも増えてきました。

ちょくちょくもの忘れをするようになって、もらった年賀状や住所録を見つけられなかったり、もらった年賀状の名前を見ても、どんな人だったか思い出せなかったり…。

高齢になれば、誰にでもあることですよね。

それに加えて今年は、病気をした後遺症で字がうまく書けなくなってしまい、普段の電話のメモやスケジュールを書くのにも、一苦労している様子。

「もう年賀状は終わりかなぁ」なんて言っていますが、なかなか会えない友人知人とは、ほとんど年賀状の付き合いだけになってる人も多いとかで、それがなくなったら、相手の方も祖父も寂しいんじゃないかなと思います。

ふるさとから遠く離れてこっちに出てきた人なので、ふるさとにいる友達に近況を伝えるのも、お正月の楽しみの一つだったでしょうし。

急に途切れたら相手の方も心配するかも?なんても思います。

それに、祖父の友人の何人かには、私もすごくかわいがってもらってたので、つながりを大事にしたいなって思ったりもします。

というのも、私も数年前に亡くなった年上の友人と、毎年年賀状のやり取りをしていたのですが、ある年からふっつりと来なくなって、何かあったのかと気がかりになったことがあったのでした。

なかなか電話もしなかったのですが、ふと電話してみたらご家族の方が出て、「少し前から、だいぶいろんな事が分からないようになってしまってね。

字も書けなくなってしまったんだ。」と…。

そんなこともあるお年だものね、と思いつつ、少し寂しかったのです。

でも!自分で字が書けなくても、今はパソコンというものがあるのです。

パソコンで作ってあげたら、今年も年賀状出せるかもしれません。

今は宛名や差出人がパソコンで書いた年賀状だって多いから、おかしくなし、「お元気ですか」の一言くらいなら、祖父もなんとか書けるかもしれません。

ただ問題は、「手書き」にこだわりたい祖父の気持ち…。

特に、手紙やはがきは「絶対手書きで」って思ってる祖父。

これまでも、「パソコンの字はなんだか冷たくて好きじゃない」と、頑として使わなかったのです。

もしかしたら、「お互い年なんだから、出せなくなってもわかってくれる」とか言って、パソコンの年賀状は出さないって言い張るかも知れません。

でもうまくすれば、「孫が手伝ってくれた」って喜んで出してくれるかも?

そうそう、今は手書き風のフォントだって沢山ありますものね。

自分の事は自分でやりたい派の祖父にとっては、ちょっとおせっかいかなと思いつつ、うまく乗ってくれるといいな…と。

今度年賀状の話が出たら、持ちかけてみようと思います。